謝るなら、いつでもおいで 読書感想
たまには読書の感想など
割と小さいころから、ルポルタージュとかノンフィクションが好きです
歴史嫌いなのに、偉人伝は好き
武将とかじゃなくて、アンネ・フランク物語、とか、キュリー夫人、エジソン、とか、そっちだけど
小学生ぐらいの時は、学校の図書館では小説よりノンフィクションのコーナーによくいました
小説は、主においしそうなものが出てくる物語には食いついていたな
もうこの辺で、現在の指向性が如実に現れております
文学的わびさびを介さないデジタル脳😅(長女マル子に遺伝した模様😒)
最近読了したのがこちら
「謝るなら、いつでもおいで」
2004年に佐世保でおこった、小6女児同級生殺害事件についてのルポルタージュです
当時えらい騒ぎになっていて、報道が過熱していたのは知っていましたが
まだ独身で子供もいなかったし
個人的に国家試験でいっぱいいっぱいだった時期で、TVもほとんど観ていない時期でもあったので
「ひどい事件だなあ。世も末」ぐらいの感想
一応そういうことがあったのは知っていた、程度でした
なので事件の詳細は、この本で知りました
簡単に人間関係を整理すると、被害者の御手洗怜美ちゃんと、加害少女は同級生
一学年一クラスしかない小規模校
怜美ちゃんはお母さんを早くにガンで亡くし、当時毎日新聞の佐世保支局長だったお父さんと次兄と、支局の上階の住居スペースで三人暮らし
そしてこの本の作者は、当時のお父さんの部下である新聞記者さんなんです
著者の川名氏は事件前、職場上階にあるボスの住居に立ち寄っては夕飯を共にし、被害者の怜美ちゃんが下校してくれば職場をのぞいてくるような状況で
半ば家族のように被害者家族と付き合っていた「中途半端な?当事者」、かつ、事件を報道しなければならないマスコミの立場でもあったという背景が、この本を他のルポルタージュと全く違った内容にしているなと思いました
もちろん小6女児が同級生を殺害したという、子を持つ親としてはとんでもなく心がざわつく事件についての丁寧な取材はなされています
怜美ちゃんの殺害現場を、警察の実況見分が入る前にお父様が目の当たりにした記述など、本当にそんなことがあっていいのか・・・・と絶句する残酷さです
クラスの女の子達の関係や、被害者加害者間に起こった、事件の発端になったであろうトラブルについても
しかし、この本の読みどころはまた違うところにもありました
著者は被害者と疑似家族ともいえる立場だったので、事件を追う過程で著者自身の心情も、また苦しいほどのものがあるのがみてとれるのです
ほぼ被害者家族な新聞記者が、事件に苦しみながら取材した過程を記した、著者本人のノンフィクションとしても成立しているのです
心情は非常に被害者に近いのに、報道する、しなければならない側でもある葛藤を通して
事件報道の在り方も考えさせられました
著者の、心情的には近くても被害家族でもない、報道だけでもないという特殊な立ち位置だったからこそだと思うのですが
後に加害少女の父親とも後に交流が生まれています
そして、怜美ちゃんの父親、家族的交流のあった次兄、上記の加害少女の父親もかなり詳細に取材に応じていて、被害者加害者家族双方が事件を振り返るという、非常に珍しいルポになっています
この著者が、いわば「中途半端に当事者」だったからこそ書けたんだと思います
読み応えがありました
次にこの事件そのものに関しての感想
加害少女、のちに発達障害があったとかなんとか結論ずけられていますが
この本読む限り、ちょっと内向的ではあるかもしれないけれど、「そこまで」じゃないんですよ
非常に普通の子という印象
家庭環境も、父親の病気だなんだで大変な時期もあったようですが、特に家庭が荒れていたとかいうこともなく「普通」
怜美ちゃんと加害少女のトラブルも、本当にそこまででもないというか、「元少女」からしてみると、よくある友達関係のトラブルかなという感じ
どちらかが強烈に悪いということでもないような気がする
普通の子が、こういう事件を起こす可能性があるっていうことが、非常に重い事実だなと思いました
「元少女」的にね、自分の小学校時代何考えていたとか思いだしてみたりしました
ヒトを殺したい、と思った記憶はないんだけど
「なんかいろいろ面倒だなあ。自殺したいなあ」ぐらいは考えたことはあります
昔から能天気な私でもね
すっごいくだらない理由。友達に借りた漫画なくした、とか、宿題めんどい、とか
その程度ですよ
で、ふと当時流行っていた交換日記に(この事件でも、交換日記は非常に重要なポイントになります)
「自殺したいって思ったことある?」って書いてみたんですよ
ちょうど小5とか小6くらいかと思います
そうしたら、
「そんなの、いくらでもあるよ」という返事が友達から帰ってきて
「あ、そうだよね〜」ってすごくスッキリした気持ちになった記憶があります
本当の自殺願望とは、すごーーーく大きく隔たりはあると思うんですけどね
大人ぶっていても、思考力はとてもライトで
こんなライトなノリで
「死にたい。殺したい」なんて、妄想?
大人はとんでもない!っていうかもしれないけど、前思春期なんていくらでもあると思うし、たいていはふんわり妄想するだけで終了する類でしょう
きっと重大事件も始まりは案外こんなもので
何がきっかけで転がりながらとんでもなく増幅され、こんな事件が起きえるのか
実際起きたわけですが
本人も、事の重大さを、認識できていないんじゃないかなあ
どうして?っていくら考えたって何が、誰が悪かったのか
誰がって本人なんでしょうが
加害者が若年なだけに、周りがそんなこと考えて苦しむんですよね
加害者家族もね
被害者遺族もしかり
加害者がまだ分別もつかない子供だから、怒りをどう処理していいか
振り上げたこぶしを、そんな子供には振り下ろすわけにもいかない
表題の「謝るなら、いつでもおいで」っていうのは、文中に出てくる怜美ちゃんの次兄の言葉なんですけどね
加害者の謝罪を受け入れるよっていう慈悲深い言葉かと思い込んで読み始めましたが、そんな単純じゃなくて
被害者家族の、どうしようもない心情、諦念がこもったような言葉に感じました
加害者が大人なら
泣いて喚いて、呪詛の言葉を吐いて、極刑を!と叫び怒りをぶつけることができるのに
そうすることも出来ないんです
加害者が少年法すら適用されない11歳。娘の同級生。お家に遊びに来たこともあった知っている女の子ですもの
そこがより苦しいだろうな、と読んでいて辛くなりました
蛇足かもしれませんが、、、
そんな、何処にでもいそうな子が、大人たちが想像さえしないような事件を起こすまでになった影響?きっかけ?手掛かりになりそうなことはこのルポにも出てきます
これが直接の原因だ!みたいな単純な話しではないと思いますが
ごく個人的な意見ですが、映画化もされたベストセラー小説「バトルロワイアル」は、発禁にしてもいいと思う
話題になった当時読みましたが、もう、大っ嫌いです
これだけ嫌悪感を抱かせるって時点で作品として成功なのかもしれませんが
嫌い
とにかく嫌い
最後は唐突に違う小説の話しになりましたが😅
バトルロワイヤアル、「謝るなら、、、、」にも登場するからの、記述です
この本の評価とは関係ないんですけどね
どうしても書きたくて
すいません